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今夜の番組チェック

天野山金剛寺周辺
金剛寺多宝塔
 均整のとれた美しい塔である。蛙股の色とりどりの図柄も面白い。欄干の擬宝珠には、豊臣秀吉、片桐且元の名が刻まれ、慶弔の修復工事を記録してある。今はなき吉川英治氏の名著「宮本武蔵」の取材にも役だったとか。こけら葺きの屋根は、古びて、瓦と違ったアジノアル柔らかな色を漂わす。彼岸花は白っぽいが、山桜は赤みがかった新芽を出している。
観月亭
 大和賀名生から逃れて、摩尼院に行宮された後村上天皇は、配所のわびしさに亭をつくり、月をめで、詩歌の風流をおわれたとしても、却って哀れというべきである。中秋の名月は遅く、9時をすぎて真向かいの鎮守の森の高い頂にかかる。楼門や多宝塔の影を、青白く映して、心なしか実にわびしい。
摩尼院
 南北朝の昔、南朝の後村上天皇は、賀名生から難を逃れて、ここ摩尼院に6年。さらに観心寺に1年。身の休まるところなく、ついに京都を目指して住吉まで行かれたが、雄図むなしく、42歳でおわられたという。天皇が天野山へ着かれる数ヶ月前、すでに北朝の光厳天皇が絵のすぐ右下、土塀の内、観蔵院においでになっていたというから、実に複雑怪奇な縁である。蝉の声が地に森閑とした昼下がり、玄関の白い障子が印象的だった。
高野・丹生明神
 天野山金剛寺の鎮守として、伽藍の向かいの山の頂に高野明神と丹生明神と水分神社が祀られ、その社はいずれも重文に指定されているが、その山裾に村の氏神さんとして同じく両明神が鎮座まします。ふた抱えもある老杉や椎の大木が、幽すいな神域をかもし出している。しかし、寺域を分断しても走る街道も、最近とみに重車両の交通が激しく、喧噪になったのが残念でならない。お詣りがあると、大きな鈴の音がカランカランと響く。
楠参議物見之松
 昔は高瀬の集落から河泉境界の尾根づたい似訪ねた記憶はある。今は天野産フルーツランドの南の急勾配を登って尾根に出ると、下から目当てにしていた一叢の雑木林の中に見つけることができた。獣道しかないので、訪れる人もないまま荒れ果てよほど気をつけないと見落としてしまう。南北朝哀史を象徴するような裏悲しい風景であった。なるほど、物見(敵情視察)するには格好の場所で、ここに大きな松の木があったのだろう。眼下には楠木正儀が守護する南朝の行宮金剛寺が見え、河内平野と和泉の海が一望できる。